東京地方裁判所 昭和40年(ワ)6943号 判決 1966年3月11日
原告 小西アヤ
被告 国 外一名
代理人 荒井真治 外一名
主文
被告国は原告に対し、金一二八、五九一円およびこれに対する昭和四〇年九月四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告の、被告国に対するその余の請求、および被告山口に対する請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は、原告と被告国との間においては原告に生じた費用の二分の一を被告国の負担とし、その余は各自負担とし、原告と被告山口との間においては全部原告の負担とする。
この判決は第一項に限りかりに執行することができる。
事 実<省略>
理由
一、被告国に対する請求について。
原告が所有していた本件建物につき原告主張のとおり強制競売手続が開始され、競売期日が昭和四〇年三月一五日午前一一時と指定されたことは、当事者間に争いがないところ(証拠省略)、を綜合すれば、原告は競売期日の前日である同月一四日、被告山口に対し本件債務名義表示の貸金債務(元本金二五万円)を完済し、その際同被告からその作成にかかる競売取下げ願いと題する書面(証拠省略)一通の交付を受け、競売期日当日の午前一〇時頃執行裁判所たる東京地方裁判所八王子支部に赴き、競売係書記官中沢辰英に右書面を提出したところ、同書記官は競売申立の取下にはその書面が二通必要であり、一通だけでは受理できないとしてその受理を拒否した事実が認められ、証人中沢辰英の証言中、右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
ところで、強制競売の申立を取下げる書面は必ずしも二通提出されなければならないものではなく、一通のみ提出された場合でも裁判所はそれを受理すべき義務があり、受理された場合には一通であると二通であるとにより取下の効力に差異はなく、通常申立取下の書面に一通を副本として計二通提出されているのは強制競売申立登記の抹消登記手続を登記所に嘱託する際の便宜のための実務上の慣行で法律上何ら根拠のないものである。従つて、本件の場合、原告が取下書面を一通のみ提出しようとしたことを理由にその受理を拒んだ前記裁判所書記官中沢辰英の取扱は、過失があることを免れず違法なものであるというべきである。
そこで、原告の損害について検討する。前記のとおり取下の書面が受付けられないまま競売手続が進行し同支部は同月一七日競落人を訴外酒井秀夫とする競落許可決定をし、同年四月二三日同人のためこれを原因とする所有権移転登記が経由されたことは当事者間に争いがないところ、(証拠省略)によれば原告は本件建物を買戻すため、また、当時執行債権者たる被告山口には代理人として弁護士が付けられていたため、原告において同年六月中弁護士に本件の解決を委任し、これらの費用として、請求原因四の(一)乃至(四)記載どおり(同(三)は債権者代理人と競落代金等の清算の協議等を行なうため弁護士が同支部に赴いた費用である。)合計金九万八、五九一円を支出し同額の損害を蒙つたことが認められ、これに反する証拠はない。
右損害中四の(三)の弁護士費用について一言すると、前記協議は本訴提起(昭和四〇年八月一一日)前裁判外でなされたものであるが、前記のとおり、相手方弁護士との折衝であり、かつ、これが事案は裁判所書記官の取扱に起因する執行事件の事後処理に関するものであるから、原告が右協議につき弁護士に委任したことを以て一概にその必要の度を超えたものということはできず、また請求原因四の(四)の本訴提起のための弁護士費用は、現在いわゆる弁護士強制主義が採用されていないにしろ、本件のような訴訟を提起する場合、弁護士を代理人として訴訟を遂行し、自己の利益を主張、または護することは通常行なわれるところである。そして、これら費用として支出された前記認定の金額は、日本弁護士連合会報酬等基準規程等からして相当額の範囲内にとどまるから、右費用は本件損害に含まれるというべきである。
慰藉料(精神的損害)については、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は未亡人で子供五人(うち、未成年者二人)をかかえ保険外務員をしながら女手一つで一家の生計を維持していたところ、前記競落により亡夫の唯一の相続財産であり、かつ、生活の本拠である本件建物を失い、これを買戻すべく、奔走したが、その金策に苦慮し、そのうえ、競落人から買戻すことができなければ明渡してもらわなければ困る旨通告を受けるなど買戻すまでの間の原告の不安、心痛は大なるものがあつたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はないから、右精神的苦痛は金三万円を以て慰藉されるべき程度のものと判断する。
以上からして、右損害はいずれも右裁判所書記官中沢辰英の違法行為と相当因果関係にあるから、被告国は原告に対し右損害合計金一二万八五九一円及びこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかである昭和四〇年九月四日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
二、被告山口に対する請求について。
本件建物につき原告主張のとおり強制競売開始決定がなされ、競売期日が昭和四〇年三月一五日午前一一時に指定されていたところ、原告がその前日の同月一四日前記債務名義表示の貸金債務を完済し、その際同被告からその作成にかかる強制競売申立取下書一通を受取り、右競売期日当日執行裁判所たる東京地方裁判所八王子支部競売係書記官にこれを提出したところその受理を拒否されその結果競売手続が進行し、同月一七日競落人を訴外酒井秀夫とする競落許可決定がなされたことは当事者間に争いがないところ、(証拠省略)によれば、原告は競売期日に取下書の受理を前記裁判所書記官によつて拒否された直後、被告山口に電話でその旨を連絡したところ、同被告は今後のことは自分の方で善処する旨回答しておきながら、競売期日から二日後の競落許可決定迄の間競売手続の進行を阻止するため適切な措置は何らなさなかつたことが認められ他に右認定を左右するに足りる証拠はないが、被告山口としては原告から執行債権の弁済を受けると同時に、取下書一通を作成し、これを原告に交付したこと、右取下書が原告により競売係書記官に提出されたことは前記のとおりであるからこれにより、執行債権の弁済を受けた競売申立者として同被告が申立の取下についてなすべき義務は尽されたものというべく、原告が損害を蒙つたのは専ら係書記官の違法行為に因るものというべきであるから、被告山口は原告の蒙つた損害につき不法行為上の責任を負わないものというべきである。
三、よつて原告の被告国に対する本訴請求前記は認定の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、また、被告山口に対する本訴請求はすべて失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条但書、第九三条第一項但書を仮執行の宣言について同法第一九六条を適用し主文のとおり判決する。
なお、担保を条件とする仮執行免脱宣言の申立については相当でないからこれを却下する。
(裁判官 宮崎啓一 秋元隆男 松井賢徳)
物件目録(省略)